新しい家族

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2018年10月22日午前11時7分。

穏やかに晴れた秋の終わりの日、我が家に新しい家族が誕生しました。産まれてすぐ助産師さんにおしっこをかけるくらい、元気な男の子です。

3年ぶりの出産は、もともと持病のある妻の体への負担を考慮し無痛分娩で計画的に出産する予定でした。しかし入院前日の夜中に陣痛がきてしまい、寝ている長女をそのまま連れて、慌てて病院へと向かったのです。家から病院までは約30km。陣痛でお腹を痛めている妻を、何としてでも無事に病院まで届けたい、そんな一心で夜中の高速道路を飛ばしました。

その日は満月に近いとても綺麗な月でした。空気が澄んでいたのでとても明るく、そして大きく見えました。それを見た時、赤ちゃんがいよいよ産まれてくるとぼくは確信しました。

 

 

病院に着いた時、助産師さんからは朝になる前に産まれるだろうと話を聞いていたので、娘の様子次第では帰宅する事も考えていたのですが、娘と一緒に待合室で待っていました。まだ3歳の娘ですが、夜中に起こされ、薄暗い病院の待合室で泣く事もなくぐずる事もなく、おとなしく待っている姿は、もう立派な立派なお姉ちゃんでした。

 

しかしなかなか赤ちゃんは出てこず、そのまま病院で朝を迎えました。その日は彼女が楽しみにしていた保育園のお芋掘りの日。登園の時間になっても赤ちゃんは出てこなかったので、娘に「保育園に行く?」と問いかけたのですが、「ママと赤ちゃんを待つ」と病院で待つことを自ら選択しました。彼女はいつもと明らかに異なる環境で不安な顔を見せつつも、必死に踏ん張っていました。こうした経験が人を成長させていき、上の子はこうしてお姉ちゃんになっていくのだと思いました。環境が人を作り、経験が人を成長させる、子育てをして気がつくことばかりです。

 

その後長崎からお義母さんが到着したので、ぼくは分娩室に入ることに。ぼくが中に入るとすぐにお産は進み、助産師さんからいよいよ出て来そうですと話がありました。

この時、なかなか出てこなかった赤ちゃんはお父さんが来るのをずっと待っていた、そう助産師さんから言われました。妻のお腹の中にいて目に見えず、なかなか実感がなかった赤ちゃんの存在に、改めて自分が今から産まれてくる赤ちゃんの父親なんだということを感じたのを覚えています。

赤ちゃんが温かい母体の中にいた10ヶ月間、色々なことがありました。妻のお腹に赤ちゃんがいることがわかったのが今年の3月初めの事。その時は初めての展示会出展やイベントの出店、そしてmiddle実店舗OPEN準備などが重なり、とにかく目が回るほど忙しい時期でした。長女の時は軽かったつわりも今回は症状がひどく、今思うとよく3月21日に実店舗をOPEN出来たと思います。

夫婦二人で洋服作り、そして店舗運営を行なっているため、なかなか仕事を片付けることができず産休が延ばし延ばしになり、結局妻は出産の前日までお店に出勤し仕事をしていました。

そんな大変な時にでもずっと赤ちゃんを守り、お腹の中で育んでいてくれた妻が最後に必死に赤ちゃんを産み出す姿は、とても辛そうで心配だったけれども、とても頼もしく母の強さを感じました。

 

あと少しで出てくるというタイミングで吸引し引っ張り出すということになり、ぼくは一旦分娩室から出ることになりました。廊下で待ってる間は今か今かと、とてもソワソワして、用意されていた椅子に座ることもできませんでした。それから15分程経った時、室内から赤ちゃんの泣き声が漏れてきたのです。

出生時の体重は2510gととても小さく、少しかすれた声で精一杯に産声をあげ、この世に産まれて来たことを分娩室の外で待つ僕に教えてくれました。

 

 

これからこの小さな小さな男の子は楽しいことや嬉しいこと、そして良い事ばかりではなく思いもしない出来事や、深く深く心悩む事など、たくさんの事を経験していくのだと思います。しかしこれから生きていくこの子の人生が、どうか穏やかであってほしい、そして周りの人々を穏やかにするような存在であってほしい、そう願いを込めて「穏(おん)」と名付けました。

 

これからよろしくね、穏。